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インタビュー・コラム

地政学・経済安全保障から読み解く、企業経営戦略の問題

経営幹部のためのマネジメント懇談会・講演録

経営幹部のためのマネジメント懇談会概要

角南 篤氏

開催日時:2023年10月3日(火) 15:00~17:00
開催会場:クロス・ウェーブ梅田(北区神山町)1階「大研修室」
講演:角南 篤氏
公益財団法人笹川平和財団 理事長
政策研究大学院大学 学長特命補佐・客員教授

その他、内閣官房経済安全保障法制に関する有識者会議委員、内閣府沖縄振興審議会会長、内閣府宇宙政策委員会基本政策部会委員、内閣府イノベーション政策強化推進のための有識者会議「安全・安心」委員、内閣府総合科学技術・イノベーション会議基本計画専門調査会委員、文部科学省日本ユネスコ国内委員会委員、JAXA 衛星地球観測コンソーシアム会長、月面産業ビジョン協議会共同座長、NIKKEI ブルーオーシャン・フォーラム有識者委員会共同座長、大阪大学感染症総合教育研究拠点アドバイザリーボード委員 等

国際情勢と地政学リスク

ご紹介いただきました笹川平和財団の理事長の角南でございます。
笹川平和財団は1986年にボートレースの売り上げの一部により設立され、数十年にわたって海外の色々な事業に取り組んで参りました。民間財団の特性を活かして、日本政府が表立って取り組めないプロジェクトや、外交上対応が難しいものにも柔軟に対応しています。

私自身のキャリアの大半は、研究者、大学教授として過ごし、海外生活も長く、米国ニューヨークには10年あまり住んでいました。今日お集まりの皆様は大企業の経営者ばかりとお聞きしていますので、私が世界を回ってきて色々な方々と話して感じている、国際情勢、世界がどのように見えるかをお話しするとともに、わが国が1丁目1番地として取り組んでいる経済安全保障について解説したいと思います。この経済安全保障は、皆様の企業活動にとても関連性が強いものです。

コロナを乗り越えたはずがウクライナ侵攻

「経済安全保障」の中身を説明する前に、経済安全保障の必要性が増している背景について説明したいと思います。

中国問題、ASEAN問題、エネルギーを巡るロシアの問題など、国際社会が目の離せない事態が次々に起こっています。ロシアによるウクライナ軍事侵攻が国際社会に大きな影響を与えたのは言うまでもありません。中立な立場をとっているトルコ、中国が仲介に乗り出しており、北朝鮮はロシアへ軍事面での協力する姿勢を示しており、ロシアや中国を中心としたさまざまな国の動きで、世界は分断されているように思われます。そうした中で、グローバルサウスの存在感も増しています。

以前、山中伸弥先生(京都大学iPS細胞研究所名誉所長・教授)と対談した際、コロナ禍の終わりが見えてきた頃で、「コロナの経験で、国際社会が協力していかないとこういった問題は一日も早く解決しないことを身にしみて感じたはず。この経験によって、国際協力が進むと期待される。地球温暖化、海洋問題、宇宙開発など人類共通の課題に対して国際協力が進みやすい『ポストコロナ時代』が始まるのではないか」と話していました。
 
ところが実際には直後に、ロシアのウクライナへの軍事侵攻があり、アメリカと中国が特に先端科学技術をめぐる覇権争いが浮き彫りになり、世界が1つになるどころか、敵か味方かと分断される世界になってきたように思います。

ロシアのウクライナへの軍事侵攻があたえる国際社会への影響項目 イメージ

今、経済安全保障の議論が活発になっている背景には、リスクの問題があります。以前なら国際社会でのビジネス戦略として、どこの市場でどの国や企業とパートナーを組めばいいのか、逆にどこに危険が潜んでいるのかを経済や経営的観点から議論していました。

現在は、誰と組んだら国益を損なうのか、政府から「それはだめだ」とストップがかかるのかなど、国際情勢や政治的リスクを考える必要性がチャンスの議論よりも大きく上回っている残念な状況にあります。

日本の最重要課題は対ASEAN戦略の構築

欧州ではNATOの拡大をロシアが嫌がり、ウクライナへの軍事侵攻を行い、NATOが拡大するほどロシアとの溝は深まる状況です。一方で、一時期は日本にNATOの事務所を設置するという話があったほど、EUと日本との連携が強まってきており、EUが抱える安全保障の問題も日本に非常に近い問題になります。

また、あまりなじみがなかったパートナーシップとして、英国、豪州、インド、ニュージーランドなど、留学や旅行、レジャーの対象だった国が、今では外交上重要な国になっています。

米中対立が高まる中で、台湾、インド太平洋、ASEAN、太平洋島嶼国、クアッドなどに対して、中国が覇権拡大を狙っています。特に日本のビジネスにとって一番重要なのがASEANです。インドネシア、ベトナムなどとビジネスを行っている企業も多いと思います。他方で、中国は、ASEANを含むアジアからアフリカ大陸まで、いわゆる一帯一路による影響力を広げています。

そこで、これからASEANは、日本にとって大きな戦略的パートナーになるのは間違いありませんし、ASEANで何かできなければ我々にとっては非常に厳しい状況になると考えます。特に2023年はASEANと日本が友好50周年の節目を迎える、注目される年です。ASEANと日本の関係をより強固にするきっかけとして考えなければなりません。

これまでインドネシアやシンガポールなどとその他の国の国力差があまりにも大きく、ASEANを1つの地域で捉えるのが難しかったのは事実です。しかし、これからは1つの連合体としてのASEANの中で、どう横につながるか、つなげていくかがキーになると思っています。

欧州の人口が4億4千万人に対して、ASEANは約7億人です。人口差はさらに広がって、倍ぐらいにまで増える見込みですが、現在のところASEANの経済規模は欧州の5分の1程度です。今後のASEANの成長ポテンシャル、日本との関係性を考え、我々は今のうちから対ASEAN戦略をしっかり考えていく必要があります。これが今日のお話の1つめの大切なポイントです。

中国とアメリカの技術による覇権争い

次にアメリカと中国です。両国による先端技術の覇権争いが起こっているのは、先端技術の獲得こそが大国の興亡につながるからです。より優れた先端技術を保有すると、戦争でも有利になりますが、経済においてもより重要になります。

産業革命以来、先端技術を保有し、それを生産につなげた国が優位に立ち、その時代の覇権国となって、世界をリードしてきました。他国にない技術を持つことは、外交上でも有利で、経済面でも国際ルールの形成にも影響力が生まれます。そのことを知っているから、各国はとにかく先端技術を狙って動いています。

20世紀以降、学術的にはテクノへゲモニー(技術の覇権)という言葉が使われています。テクノヘゲモニーには2つの要素があり、1つは新しいアイディアや研究をどの国よりも早く導入できる力があること。つまり大学と産業が連携して国の中で新たな科学として導入できるかどうかです。

2つ目の要素は、技術を使って生産するシステムがあるかです。優れた研究者がいて、独創的な発見があっても、それを生産してどの国よりも効率的かつ大量に社会に実装できなければ、テクノヘゲモニーは実現しません。自然発生的に生まれていく画期的技術とともに国家戦略として推進する仕組みの両方が必要です。

アメリカはもちろん、中国もこの両方が備わっている国といえます。中国の大量生産システムは、いわば日本が中国に効率よい競争力のある生産方法を指導した結果であり、現在は中国に建てられた多くの工場が重要な資産として活用されています。日本企業が、技術移転を進め、中国人自らが現場の経営管理が務まるように教え込んだ結果です。コロナのときにあれだけのマスクが大量増産できたのもその結果です。驚いたことには、電気自動車のテスラが、欧州で大量生産を計画したときに各国が断って、最終的に中国にたどり着いたことです。中国が自動車生産のノウハウを長年に渡って蓄積してきた結果、見事に中国産のテスラを増産できました。これこそ、中国が上述したようにテクノヘゲモニーの2つの要素を兼ね備えている証だと思います。

先端技術が切り開くフロンティアにおける地政学

中国がテクノヘゲモニーを獲得した影響から、技術地政学(テクノジオポリティクス)という概念も注目され始めています。

現在、まだまだ人類にとって未開の分野で、今後激しい覇権争いが展開されることが考えられる、具体的には宇宙、海洋圏、北極圏、サイバー空間などが注目されています。それぞれの分野の新しい可能性にいち早く切り込んだ国が、さまざまな影響力を誇示するだろうと目されているのです。

大国の興亡・「テクノ・ヘゲモニー(先端技術による覇権国)」と米中間競争 イメージ

重要性を増す経済安全保障

経済安全保障とは簡単にいえば、国家が自らの戦略的目標を達成するために、経済的手段によって他国に影響力を行使することです。すなわち軍事力ではなく、経済力で外交安全保障を展開するという概念を指します。

エコノミック・ステートクラフトと呼ばれながら、80年代から学術的な研究はあまり進んでいません。それは実際に経済封鎖や経済制裁によって、相手の国を徹底的に行動変容に追い込んだ事例が歴史上あまりないためです。

経済制裁といえば、現在ならロシアを思い浮かべるかと思います。しかし、私が先日モスクワに行った際には、普通に生活をしている市民の姿が見られました。スーパーやコンビニにも売られるべきものが売られていて、円安のために日本人がびっくりするぐらい高額でしたが、一般市民には問題になっていないようでした。

現在のようにエネルギーコストが高いため、ロシア人高官に会えば「日本はうちの天然ガス買わなくて大丈夫なのか?」と心配されるほどです。経済封鎖は全員が足並みを揃えなければ効果が限定されるわけです。しかし、実際にはだいたい誰かが離反するのでうまくいきません。

政策としての経済安全保障

現在、日本政府は経済安全保障を次のように定義しています。

「…安全保障を確保するには、経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止する重要性が増大していることに鑑み、安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進する…」

この一文が、経済安全保障推進法に盛り込まれたことで、経済産業省など関連省庁の所管というか政策範囲が大きく変わることになりました。例えば、これまで経済産業省が取り組んできた自由貿易、貿易交渉、貿易管理、技術管理など安全保障、外交に非常に関係が深い内容ですが、経済安保については防衛省や外務省とも連携が求められるようになりました。

半導体、バッテリー、基幹インフラ、エネルギーなど経済産業省所管のさまざまな産業政策が、安全保障という国家目標のために運用できるようになりました。これは大きな転換です。

我が国が推進する「経済安全保障」と「エコノミック・ステートクラフト」とは イメージ

戦略的自立性と戦略的不可欠性の確保

経済安全保障政策で目指す2つのポイントが「戦略的自立性の確保」そして「戦略的不可欠性の確保」です。

戦略的自立性とは、中国が「レアアースを日本に輸出しない」と表明したときに困った人が多かったと思いますが、わが国の経済社会活動においてかかせない物資や技術について自立性を確保するという考えです。自立性を確保するために過度に海外から輸入に依存している状況を脱出しようという方針です。

次に戦略的不可欠性は、相手の国から「日本に言いたいことがあるが、日本に頼っているものがあるからなかなか言いづらい」という状況を作るということです。相手が欲しがるものをしっかり確保することで、自立性の不足している部分を補うことにもつながります。

戦略を立て、実行し、経済システムの強靭化をはかり、国際的な信頼性を高める。そして次世代でも、優位な状況を作り維持するために、先端的な技術をしっかり確保したうえで、国際的なルール形成にリーダーシップを発揮していくという方針こそ、わが国が行う経済安全保障政策の中身です。

米中の技術優位性をめぐる競争

アメリカ、中国における先端技術の優位性の争いを4つのテーマに分けると、次のようになります。

  • 先端技術の育成・投資拡大
  • 人材獲得/流出対応
  • 技術・データの保護強化
  • サプライチェーンリスクの低減

時間の関係上で、すべてを解説できませんがこうした分野で覇権争いは激化しています。

先端技術の育成・投資拡大

米中ともに国をあげて先端技術の育成と投資にかなりの額をかけています。
たとえば半導体の技術開発、基礎研究強化にかけている予算は、わが国も負けてはいられない分野ながら規模はまだまだ両国には追い付きません。

人材獲得、流出の対応

アメリカは特にセキュリティークリアランス(CS)を厳しく制限し、国のノウハウを研究者が国外に流失させないように対策しています。

とくに中国への制限は厳しく、コロナ前からアメリカにいる中国の研究者はかなり減少しています。これは中国の若い研究者がアメリカに行きたがらなくなったためです。以前は優秀な研究者はこぞってシリコンバレーなどを目指しましたが、アメリカが名指しで中国に制限をかけた影響です。

中国も「千人計画」によって、自国の人材を呼び戻したり、外国人人材を多く招致しました。アメリカや日本の優秀な研究者も北京、上海でよりよい研究環境が得られることが呼び水になって多く中国に渡りました。アメリカ政府は、「ノウハウや資材を盗む最も危険な政策」だと、名指しで問題視したというわけです。

日米協力の枠組みの中で、日本人研究者が参加することもアメリカは快く思っていないため、日本にも研究者を送り込まないように間接的に要求してきていました。現在は、日本でも大学教員や研究者が中国から研究費をもらっている場合は届出をしないと罰則が課せられるルールが文部科学省から通達されたのです。

人材確保と人材流失対応に関する日米欧と中国、ロシア側の分断は、「知のレベル」でも起きています。

フロンティアで競う科学技術イノベーション政策

今アメリカでは「エマージングテクノロジー」が重視されています。まだ実用化されていないものの、実装・量産化されると、産業構造が一変するような大きなインパクトを社会に与える可能性が高いとされる技術です。他国に先駆けて実績を作るために、各大学に研究施設をつくっていることからも、エマージングテクノロジーへの力の入れ具合がわかります。

エマージングテクノロジーが本格的技術になったとき、今の既存の技術と置き換わることで「ゲームチェンジャー」になる可能性を見通しているためです。安全保障の中でも最近よく言われているのが、現在の技術を前提に各国がしのぎを削っているものが、ある日突然AIやドローン、無人化技術、メタバースのようなバーチャル空間などの登場によって、現在の安全保障を支える装備がまったく役に立たなくなるかもしれません。このようなゲームが変わることが、いきなり起こるわけです。そのゲームチェンジが起こったときに、他国をリードできるか、振り落とされず自国がリーダーの中に踏みとどまれるか。そのための準備がとても重要になってきます。

フロンティアで競う科学技術イノベーション政策 イメージ

わが国でも「新しい資本主義」の中で1年かけてスタートアップのための支援をおこなっていますが、ゲームチェンジにいち早く対応できる、スピード感=アジャイルな対応が可能なのが、スタートアップのような小さな組織体の特長です。もちろん、失敗する例も多く、簡単には大きく育ちません。

一橋大学の野中郁次郎先生(名誉教授)が共著で書かれた「世界を驚かせたスクラム経営 ラグビーワールドカップ 2019 組織委員会の挑戦」という本がありますが、スクラムという経営戦略の基に、なぜラグビーが日本にワールドカップを誘致して成功したかを分析した面白い本です。この本を作るプロセスの中で議論していたのですが、スタートアップでも大企業であっても、スクラムを組むように枠組みを超えて、その瞬間にルールに適応しながら1つのゴールに向かってみんなが協力できる体制がラグビーの醍醐味です。

スクラムとは、アジャイルそのものであり、マネジメントでもあります。しかも、ゲームチェンジがいつ起きるかわからないから、常にスクラムを組むつもりで準備するということを各国が真剣にしのぎを削ってやっています。アメリカは、何年か前から国防総省「ペンタゴン」がワシントンから離れて、シリコンバレーなどにオフィスを作っています。スタートアップが多い地域に国が自ら乗り出して、連携を組みながら、アイディアの吸収や踏襲を行っているわけです。

今CIAやペンタゴンは独自にベンチャーキャピタルを運用しており、自分たちの組織に将来必要な技術が育つのを待つのではなく、自分たちで投資するのです。アメリカはここまで進んでいるのですが、日本もスピード感を持ってスクラムを組めるように模索しています。

これは余談ですが、イギリスにラグビー校という古いパブリックスクールがあるのですが、このほど初めて日本校を千葉に開校された際に、そこの校長と話しました。

ラグビー校は、ラグビーという名前の貴族が中世に作った学校ですが、その昔サッカーの試合中に負けそうになった生徒が唐突にボールを手で抱えて走りだし、仲間とパスを繰り返してゴールを決めたそうです。それが楽しくなり、ラグビー校ではサッカーをやりながら、ボールを抱えて走るようになり現在のラグビーになったという逸話です。

今までの常識がいきなりくつがえされてラグビーという新しいゲームが生まれたわけで、まさにゲームチェンジです。このような変革を生み出せる学校なのだと、校長は自慢していました。ゲームチェンジは突然イノベーションを起こすという1つの典型例であり、インパクトの大きさを感じることができます。つまり、我々が普段からいかにゲームチェンジャーに備えていなければならないか、政策として進める必要があるかを物語っているとも言えると思うのです。

デュアルユース政策の重要性

デュアルユース政策、すなわち安全保障政策と先端科学技術イノベーション政策を融合させることは、昔から重要と考えられています。しかし、日本ではアカデミアの中に軍事研究へのアレルギーが残っているために、この政策は定着していません。

日本の科学者は軍事研究をやらないと、学術会議が声明を出していて、政府と折り合いがつかない状況が続いていますが、基本的には経済安全保障にも経済イノベーションにも両方に必要なものを積極的に育てていこうというのが政府のスタンスです。

デュアルユース政策とは イメージ

リチウムイオンバッテリーが小型化されたわけ

リチウムイオン電池が小型化された事例を紹介します。この背景には、潜水艦によるニーズがありました。50年ほど前に三菱重工の神戸の造船所で、潜水艦に初めてリチウム電池が搭載された頃には、電池が巨大で先に電池を積み込んでから艦体を作っていたほどです。

ただバッテリーを交換するときには一度、胴体を切り離してから新しい電池を積み、再び胴体をつなぎ直す作業を行っていました。その度に、継ぎ目ができ、キャビテーション(気泡)がおきやすくなり潜水艦としての性能が落ちていきます。

さまざまな技術的困難を乗り越えて今のバッテリーは小型に成功し、いちいち潜水艦を切断しなくても済むようになりました。バッテリーメーカーに、このような小型化の要求をしてくるのは当時、海上自衛隊しかいなかったはずです。

しかしバッテリーメーカーにしてみると、小型化が求められて実用化できたことで、それ以外のさまざまな電化製品にも応用できました。この展開力がデュアルユース開発の醍醐味の1つです。実は世界に誇れる技術には安全保障が絡んでいることが多くファーストユーザーが国や自衛隊のように「軍用」であるのはよくあるケースで、ステルス技術もその一例です。

デュアルユースは世界のスタンダード

世界では当たり前になっているので、日本が最先端の研究開発にくらいつくには、デュアルユースで戦っていくしかないと私は思います。最近はビックデータ解析、合成生物学、宇宙開発、サイバー技術、3Dプリンターなど、アメリカではこれらの先端技術をすべてデュアルユースの中で開発してきました。

バイデン政権もさまざまな重要な技術の研究を推進していますが、やはり1国だけではスケール化が難しいために、同盟国の間での研究開発連携も進んでいます。従来、連携はアメリカと欧州の間、いわゆるファイブアイズが中心でしたが「日本も入れよう」とアメリカは考え、最近では日米での最先端の共同研究がアメリカ側から持ち掛けられてもいます。

日本が優れた技術を持っていることはアメリカ側もわかっていましたが、同盟関係が強固でなければ、日本から技術が流失したりすることを懸念して、特に安全保障に関わる先端技術はブラックボックス化して提供していました。しかし現在、次世代の戦闘機をイギリス、イタリアと日本も加えて共同開発することを打ち出し、従来ブラックボックスだった先端技術も共同開発の対象になって、日本にも情報がシェアされる環境が整いました

さらにこの関係を強化するために政府が取り組んでいるのが、セキュリティクリアランスという制度で遅ればせながら日本も導入しようと法律の整備を進めています。

テクノヘゲモニーを持つ中国の動向

先端技術を自国で確保するためにバイデン政権がさまざまな取り組みを行い、日本との関係構築を進めるのに対し、中国との関係が後退しているのは周知の通りです。

エコノミック・ステートクラフトとして、中国は自国の市場規模を使い、日本に対して経済制裁を行ってきました。日本産の水産物の輸入禁止、そして中国が持っている重要なものを日本に売らないという輸出規制など、従来なら「そこまでやらないだろう」と考えられてきたことが、実行に移されてきています

中国が水産物の輸入を規制した理由の1つに挙げられているのが、日米韓国の首脳によるキャンプデービッドで初めての劇的なトップ会談が行われたことです。中国にとっては非常に好ましくないもので、さらに日韓関係が改善されつつあるのも、中国外交にとっては歓迎せざる事態です。こうしたタイミングが重なったことも影響していると言われています。

こうした中国にとって好ましくない状況が変わらないかぎり、おそらくは今後もさまざまな手段で日本や韓国に対して圧力をかけてくると想定されます。まさにエコノミック・ステートクラフトの戦術です。

「中国の夢」の行方

中国の習近平政権は今、建国100周年にあたる2049年に世界第1位の経済規模を実現しようと目指しています。科学技術も非常に伸びており、先述の千人計画による効果もあります。研究開発費も潤沢で、研究者の数も世界一です。中国で書かれた論文は自然科学系のほとんどの分野で世界一の水準になっています。

中国は「一帯一路」を掲げ、北極圏を含む「北極シルクロード」を新たな交易路とする構想を推進しています。ユーラシア経済連合として、中国とロシアが組んで北極経由のルートを使うことで中国・ロシアの経済連携性が高まってきました。中国はすでに北極海回路を使って、北極圏にあるロシアのヤマル半島から上海まで効率的に天然ガスを輸入しています。

「一帯一路」+「ユーラシア経済連合」=北極シルクロード イメージ

北極海回路を使えば、経済的にも有利で素早くロシアや欧州市場にアクセスできます。中国に限らず、日本やアジア各国にとっても、北極海回路の実現は大きなチャンスで、従来のアフリカ・インド洋・マラッカ海峡を過酷な環境で通るときと比べて5分の1程度のコストになると期待されています。ところが、北極海回路はロシアのEEZを通らなければならないため、現在の日ロ関係では事実上、航行が不可能です。

しかし、その間に中・ロは北極海回路を活かして、どんどん貿易をしています。ただ中国も西側と分断され、以前のように欧州やアメリカ、日本から先端的なものを採り入れて自国の発展に活かしてきた手法が使えなくなりました。

したがって中国は今まさに軍民融合の流れで、中国の人民解放軍の技術開発と一緒になって国内で先端技術を磨こうという内向むきな戦略をとっています。軍事が絡むためになおさら、日中の先端技術の交流は途絶されてしまうわけです。

中国の「軍民融合」・デュアルユース技術獲得戦略 イメージ

中国製造2025と軍民融合の果てに

2015年の発表当初に世界を騒がせた「中国製造2025」では、2025年にハイテク製品の要である半導体などのほとんどを自国産で賄うとしました。その影響から次々と軍民融合が進み、さらに反スパイ法の影響によって、中国の企業や科学者と交流するだけで抵触する可能性が高まっています。

つまり経済活動、研究活動、技術開発すべてが軍民融合で「軍」になってしまっています。どの中国人と話をしても、国家機密に該当すると判断されたら処罰の対象になりうるので、中国に駐在している日本人はかなりナーバスになっています。今までは大丈夫だったことが危険になっている状態です。

古代中国の歴史に学ぶ

中国の歴史上、飛躍的に発展したときは、もれなく貪欲に他国から学ぶ、吸収する姿勢が見られました。国を開き世界と交流した時期には、中国も大きく発展してきたのです。古くはシルクロード、明王朝時代の大船団で世界の七つの海を渡って貿易をした時代に外国から得られたものが中国を最も発展させました。

しかし開いた後には、一気に国を閉じる貝のような反動的な動きを繰り返してもきました。せっかくの明の大船団も、突然皇帝が全部焼いてしまい、その後明は一切、船を持たなくなりました。

そして、世界から中国を閉ざしてしまった結果、100年ほど経ち清朝時代になって、欧州が近代化した頃には中国の遅れは致命的な差にまで広がっていたのです。アヘン戦争で、彼我の差に驚いても時すでに遅しで、王朝は終わりを告げました。

古代から国を開いて交流しては、再び自分の国の中だけに収まって最後には崩壊するという歴史を辿っているのが中国です。私は今、習近平政権がまさに閉ざす道を歩んでいると感じています。鄧小平が最も国を開いた1980年代に、「ねこの色は赤でも白でも何でもいい。ネズミさえ獲れればいい」と、現実的な政策に舵を切った結果、一気に近代化を果たしました。当時、中国が世界に感謝すべき10人をあげたら3人が日本人で、そのうち1人が松下幸之助さんでした。それほど中国は「日本からも学べ」というウェルカムの考えが広がっていたのです。

台湾有事への備えを

でも今は全く違うフェイズに来ました。個人的には、中国が将来それほど脅威な国にはならないと予測しています。ただ100年後に衰える前に、この10年で台湾まで一気に支配しておこうとなるのは現実的に考えられる政策です。そうなるとなにがおきるかわかりません。これから5年以内に台湾で何かが起きる可能性が高い確率であると考えている専門家も多くいます

ゼロコロナ政策もあり、閉ざされた中国全体で国際感覚が、失われている可能性が大きいと思います。台湾情勢を世界がどう捉えているかが、政権中枢に正しく伝わる可能性はないかもしれません

日本の水産物の輸入禁止、タイミングも含め中国にとってマイナスしかないにもかかわらず、拳を振り上げました。そして拳を下ろすタイミングも見つかっていません。

経済安全保障、4つの柱

最後に、経済安全保障でわが国が取り組んでいることを紹介します。

経済安全保障法を作ったときに立てた柱が4つあります。

  1. サプライチェーン強靭化
  2. 基幹インフラの安全性、信頼性の確保
  3. 官民技術協力
  4. 特許出願の非公開化

わが国も昔は非公開特許、秘密特許をもっていましたが、現在は原則公開となっています。これを今後は特定の技術に関しては非公開として扱う方針です。

特に今年からスタートした経済安全保障重要技術育成プログラムで、AIなど事業に関して、国が民間事業と一緒に研究開発して、予算も確保されています。

「サプライチェーン強靭化」というのは重要物資を特定して、日本で獲得できるように調査・支援していくものです。

また近頃パブリックコメントが終わったのが基幹インフラの安全性として、電力会社、鉄道、交通インフラなど守らなければいけない基幹インフラについては、外国からのアクセスや脆弱性の悪用などを通じた妨害行為を防止します。

生物関係、抗菌性物質製剤、肥料、半導体、蓄電池、磁石、工作機械、ロボット、船舶関連などが該当し、特に軍民両用技術は、防衛省も技術開発に取り組むことになっています。

経済安全保障推進法案の概要 イメージ

先端的な重要技術の開発支援に関する制度/特許出願の非公開に関する制度 イメージ

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